嫌われるのが怖いのはなぜか?

今朝もラン。今日は10km。

あと2週間でフルマラソンです。

タイムを縮める目的が無いので気が楽です。

国内外問わず、旅に行くと土地を歩いて回るのですが、歩くよりも走る方がさらに広範囲を観て回れるのであくまでも観光ラン。

今日も、後ろから走ってきた70代くらいのマダムに抜かされまして。

抜かされた後、そのマダムのランを見るとどう観ても「遅っ!」と感じる走り。

ということは、私の走りはそれよりも遅いということです。

ちょっと笑っちゃいました。

人に嫌われたくない、という思いってありますか?

もちろん私にもあります。

ただし、私は「自分が好きな人に好かれていれば良い」という感覚なので知らない人や、知っていても特別な感情を持っていない方に嫌われたとしても、あまり気になりません。

でも、昔からそうではありませんでした。

以前は誰からも嫌われたくない、と思っていた記憶があります。

嫌われることは、怖いことでした。

なぜ、嫌われることを恐れるのか、その理由を考えてみると大きく二つの理由を上げることができます。

 

1)孤独を恐れるから。

人は誰しも孤独を恐れるのだと思います。もちろん、孤独愛する人は多いですが、その人も一生涯誰からも愛されず、誰からも必要とされず、誰とも関わることが無い、としたらきっと寂しいのではないでしょうか?

だからこそ、SNSでたくさんのイイねをもらうことに喜びを感じる人が多いのです。今の世の中は孤独=社会に存在しない、というようなニュアンスさえ感じさせる状態になっているので尚更、孤独をネガティブに捉えてしまう人が多いように思います。

 

2)大義がないから

セールスの世界で生きていると、相手に嫌われようと相手の役に立つと信じていることならば伝えるべきなのだ、という思いを持つものです。売れているセールスマンほど嫌われること以上に相手に利益を与えることや相手のためになること(もちろん客観的に見て本当にそれが相手の役に立つことでなければただの独りよがりになるけど)を優先して考えます。

自分のしていることに対して確固たる思いがない場合は嫌われないことを優先してしまう場合が多いです。そのような人は遅かれ早かれ、その仕事をやめますし、いつまでたっても人の顔色を見て生きてしまう傾向があるように思います。

嫌われることを恐れてばかりいると、最終的には自分の人生を生きられません。

誰かの目を通しての人生。

誰かの評価だけを軸にした人生。

それはもう、自分の人生に対する責任放棄です。

嫌われるのは怖い、という思いをすぐに消すことは出来ませんが、少なくとも、なぜ怖いのか、という理由を突き止めなければ解決策は生まれません。

 

あなたはなぜ嫌われるのが怖いのでしょうか?

考えてみませんか?

 

 

 

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